人が行動する理由は確認作業でしかないと思っています。

たとえば、
フランス旅行に行った時に、近くの美術館に『モナリザ』が展示されていると知ったら、それほど美術に興味がなくても入館料を払って観に行ってしまうワケは、子供の頃に画素数は最悪でも教科書で『モナリザ』を見ているから。

「近くの美術館にメチャクチャ素敵な絵が展示されていますよ」では、よっぽどの美術好きでないかぎり動きません。
僕らは、すでに知っている絵を観に行く。
「生はどんなのだろう?」という確認作業をしているわけです。

その最たるものが《旅行》で、グランドキャニオンに旅行に行く人は、すでにグランドキャニオンを見ている。知っている。

僕らは答えが分かっているものにしか反応しなくて(全部じゃねーけど)、本能的には一か八かの冒険をあまり好んでいないようです。

それに、

発信側がいくら情報を制限しようが、SNSのおかげで、お客さんが発信できるようになったもんだから、情報はいくらでも収集できます。

だかは、もう『袋とじ』的なやり方は、まるで時代に合っていなくて、それこそ、ビニールで中身を見れないように本を綴じている本屋さんは恐ろしくバカなのだと思います。
本ばかり読んで、時代が読めていない。

買う人の比率を上げるんじゃなくて、買う人・買わない人を含めた《本を手に取る人》の分母の数を上げた方が、買う人の数が増える。

計上されるのは、比率ではなくて、買った人の数だから。

最後まで立ち読みされても、そのうち何割かは「オチまで分かったけれど、これは買って家に置いておきたいな」と思うだろうし、ならば、60億人に最後まで立ち読みさせてあげればいいと僕は思っています。
「オチが分かったから買わない」という人が9割いようと、60億人に発信できていれば、6億には買ってくれる。

モナリザは世界中の人が知っているから、
グランドキャニオンは世界中の人が知っているから、
今なお、観光地として機能しているわけだ。

んでもって僕は批評家にはなりたくなくて、常に実践者でありたいので、
出版社さんの許可は1ミリもとっておりませんが(許可を取ろうとすると断られるから!)、10月末にでる最新作『えんとつ町のプペル』の絵を、今から全ページ(オチまで)公開します。

幻冬舎の皆様。
僕の読みが間違って、このことで、本が一冊も売れなくなったらごめんなさいね(*^^*)
必ず、どこかで取り返します。

『えんとつ町のプペル』
作・にしのあきひろ

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(おしまい)

『えんとつ町のプペル』
作・にしのあきひろ

引用元 http://lineblog.me/nishino/?utm_source=spotlight