ろうの映画監督 今村彩子さん

ろうの映画監督 今村彩子さん

 

ドキュメンタリー映画『Start Line(スタートライン)』は、生まれつき耳が聞こえず、健常者との交流を避けてきたという今村彩子監督が、そのコンプレックスを乗り越え次に進むために、自転車で沖縄から北海道まで日本縦断の旅をするロードムービー。

各地で知り合った人々と積極的に話していこうとスタートしたのですが、映画は思いもよらない展開に。コミュニケーションは上手にならない、自転車の運転も危なっかしくて伴走者に叱られっぱなし……。

「自分のダメさが映画にいっぱい出ています」と言う今村監督に、コミュニケーションの困難さについて、またろう者と健常者の溝について、手話通訳者を交えて語っていただきました。

こんなに叱られるロードムービーになるとは思っていなかった

――今作は、人とのコミュニケーションがテーマになっていますが、監督があんなに悪戦苦闘する姿を見るとは思いもよりませんでした。まず、監督がこのドキュメンタリーに着手したきっかけを教えてください。

今村彩子監督(以下、今村) 私は生まれつき耳が不自由で、健常者の方とのコミュニケーションがずっと壁でした。36年間、そのことに直面することなく逃げてきたのですが、このままじゃいけない、日本全国の人々とコミュニケーションを取ることで苦手意識を克服しようと、自転車での日本縦断の旅を決めたのです。

――映画には伴走者として、今村監督の友人・堀田哲生さんが登場します。自転車での日本縦断なので、自転車屋さんでもある堀田さんを選んだのはなるほどと思いましたが、映画を見て驚きました。監督が、堀田さんにずっと叱られています(笑)。クランクインする前、このような展開になると想像していましたか?

今村 もっとみなさんと和気あいあいとコミュニケーションを取る映画になると思っていたので、まさか叱られっぱなしの映画になるとは思いませんでした(笑)。伴走者に堀田さんを選んだのは、私のダメなところを一番よく知る人だからです。

私が監督として周囲に持ち上げられて、鼻高々になると、その鼻をバシっと折ってくれるような存在です(笑)。私は、自分がコミュニケーションベタなのは、みんなの話が聞こえないせいだと思っていました。

でも堀田さんにずっと「コミュニケーションがヘタなのは、耳が聞こえないせいじゃない。あなた自身の問題だ」と言われてきたんです。私も頭の中では「そうかな」と思ってはいたのですが、でも結局「聞こえる人の言っていることだ」と思っていました。

――堀田さんは監督に対して、思ったことをストレートに言うので、監督が落ち込んだり、言い合いになったり、それがまたスリリングでした。また、旅の最中で喧嘩して険悪になっても、2人がまた粘り強く自転車で走り続ける姿も印象的でした。

今村 私は計画を立てるのが苦手で、準備など何もかもギリギリで、この映画も危ない橋を渡るように進めてきたんです。そのせいか交通ルールを守れなかったり、事故に遭いそうになったり、危険な事がたくさんありました。

堀田さんは、私の後ろを走っているので、そんな危なっかしい姿を見て、毎晩、私が交通事故に遭う悪夢を見てうなされていたそうです。伴走しているときも、眠っているときも、ストレスがたまって、堀田さんの体重は12キロも落ちてしまいました(笑)。

2人とも精神的にしんどかったです。でも、この映画はクラウドファンディング(目標のためにインターネットを通して寄付金や支援金を求めるシステム)で多くの人に協力していただいているし、支えてくださっている方もいるので、絶対にやめるわけにはいかなかった。

堀田さんも責任感が強い方なので同じ気持ちだったと思います。あと旅の途中、SNSなどで応援メッセージを送ってくださる方もたくさんいて、それを見るのが楽しみで。「頑張れ」「応援しています」という言葉は本当に励みになりましたね。

劇中にも使われた横断幕を持った今村監督

「コミュニケーションが難しいのは耳が聞こえないからではない」

――旅の後半にオーストラリアの青年ウィルが登場し、耳が不自由な彼がいろんな人と楽しそうに会話する姿を見て、監督は衝撃を受けていました。

今村 ウィルは、耳が聞こえないし、日本語もカタコトだし、筆談もできないのに、健常者の方たちの輪の中に自然に入って行けるんですよ。

それを見て、堀田さんが言っていた「コミュニケーションが難しいのは耳が聞こえないからではない」という言葉が理解できました。ウィルとの出会いは大きかったですね。

私はウィルより日本語がわかるし、読み書きもできるから、もっとみんなとコミュニケーションが取れるはず。コミュニケーションがヘタでも練習すれば直りますよね。うまくなるように練習と経験を重ね、話題を多く持つなど工夫すればいいんです。

「聞こえないから無理」というのは、自分は努力しなくてもいいと決めつけてしまうこと。耳が聞こえないのは治らないけど、コミュニケーションは上手になれると思いました。

――ウィルから学ぶことも大きかったのですね。

今村 
いい出会いだったと思いますが、だんだんウィルと一緒にいることが苦しくなることもありました。すぐに社交的になれるわけはなく、なかなかみんなの輪に入っていけなくて、ウィルに簡単にできることが自分にはできない、ということが苦しかったです。

もう離れたいという気持ちになりました。「1人で走りたい」と言うと、堀田さんに「あなたを1人にはできない。ウィルも一緒だ」と言われて。自分の気持ちをウィルにも打ち明けました。

――監督の葛藤は映画からすごく伝わりました。なりたい人物像が目の前にいると、「自分には、なぜできないのだろう」と自己嫌悪になりますよね。

今村 沖縄を出発するときは、ゴールの宗谷岬(北海道)に着くときには、きっとコミュニケーションが苦手な自分を克服して、その答えが見つかっているはずだと思っていたけど、実際には何もできていない……という気持ちが大きかったです。ただ旅をするだけではダメで、やはり自分から行動に移していかないと何もつかめないんですよね。

――カメラを回して時間が349時間31分にもなったようですが、編集作業は大変だったのでは?

今村 私のダメなところや堀田さんに叱られてばかりの映画になっていますが(笑)、全体を見れば楽しい場面もたくさんあったんですよ。

でも堀田さんに「あなたが今回の旅で、できなかったという気持ちが大きいのなら、ありのまま出した方がいいんじゃない?」と言われ、私もそうだなと思いました。

楽しい場面をつないで映画を作ることもできるけど、それは自分の気持ちに嘘をつくことになる。カッコ悪いけど、ダメなところを全部出そうと。編集作業はつらかったですよ、自分で自分の体を麻酔なしで手術しているような気持ちでした。

でも今回は自分の中の膿を出す時期だと思えたので、やり遂げることができました。

「聞こえない人のことを映画で伝えなければ」と思わなくなった

――今村監督が映画監督を目指したきっかけは何でしょう?

今村 映画監督になりたいというのは小学生からの夢です。家族で耳が聞こえないのが私だけなので、父が私も一緒に楽しめるようにと、よくレンタルビデオで字幕の映画を借りてきてくれたんです。

最初に見たのがスティーヴン・スピルバーグ監督の『E.T』で、それがすごく楽しくて映画が大好きになりました。父が借りてくるのはアクション映画が多くて、そればかり見ていましたね。

もっといろいろな映画を見たいなと思っていましたが、当時、普通の学校に通っていた私は、友達の会話に入っていけなくて寂しかったので、アクション映画でストレスや寂しさを発散できたことは今思えば良かった。父の選択は正しかったんです(笑)。

――スピルバーグ監督やアクション映画を見てきた今村監督が、ドキュメンタリーの監督になったのは?

今村 映画製作の勉強をするためにアメリカ留学した後、名古屋ビデオコンテストが参加者を募集しているのを知ったんです。私は目標がないと動かないタイプなので、これに応募してみることにしました。テーマは自分の母校。

ろう学校なのですが、一般的にろう学校はどのような場所で、どんな生徒がいるのか知らない方が多いですよね。でも耳が聞こえないこと以外は、ほかの学校と変わらないんですよ。

――それが『めっちゃはじけてる!豊ろうっ子 / ~愛知県立豊橋ろう学校の素顔~』(2001年)ですね。確かに知らないと、勝手なイメージを抱きがちです。

今村 それをわかってもらいたくて映画にしました。その映画にはナレーションとレポーターを健常者の高校生にお願いしたんですが、彼は2日間、ろう学校で生徒たちと過ごすことで、耳が不自由な人への考えが変わったと言ったんです。

ずっと心のどこかで「可哀想」だと思っていたけど、可哀想なのはそう思う自分の方だと考えるようになったそうです。彼の変化する様子が映像に映し出されているのですが、そのとき、映像の力ってすごいと思いました。

ろう学校を経験してもらうことが理解する一番の方法ですが、映画はその経験を伝えることができるんです。その作品を経て、私はドキュメンタリー映画の監督としてやっていこうと決めました。偏見は知らないから生まれる。だから私はそれを映画で変えていこうと。

――映画を通して知らない世界を経験したり、それを伝えるのが監督のドキュメンタリー映画なのですね。

今村 でも今は“映画で変えていく”という考えは違いますね。

『Start Line(スタートライン)』を撮って変わりました。耳が聞こえない人の気持ちを周囲の人はわからないから、それを理解してもらうということを考えていましたが、この映画を撮って、自分は耳が聞こえないから……と、自分で壁を作っていたことがわかったんです。

自分が聞こえないからコミュニケーションが難しいのではなく、ヘタなだけと気付いたので、今は「聞こえない人のことを映画で伝えなければ」という気持ちはなくなりました。

――今作は、監督にとって大きいものになったのですね。

今村 まさにターニングポイントになった作品で、この映画がそのまま自分のスタートラインです。次回作のことも考えていますが、まだどういうテーマで行くか決まっていないんです。

――今回と同じように監督がいろいろ体験をしていく映画になりそうですか?

今村 いえいえ、私は今回いっぱい出ていますから、もういいです(笑)。

コミュニケーションがヘタと話す今村監督ですが、インタビューは笑いが絶えずにぎやかに行われました。

「みなさんがいろいろ聞いてくださるからです」と監督は謙遜するものの、きっかけさえあれば、監督のコミュニケーション術はパっと花開くような気がします。

その証拠に映画は、監督が叱られたり、落ち込んだり、涙したりするシーンが何度もありますが、決して重くなく、軽やかで希望に満ちています。監督の前を向く姿と、ユーモアのセンスが映画を明るく照らしているからです。

耳が聞こえても聞こえなくても、コミュニケーションの悩みは同じ。そこへ飛び込み葛藤する姿に心が動かされます。

引用元 http://spotlight-media.jp/article/321888043993519423?utm_source=spotlight&utm_medium=referral&utm_campaign=top_page

 

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ろう者の映画監督「日本縦断」自転車旅

 耳が聞こえない映画監督の今村彩子さん(37)=名古屋市緑区=が、自転車で日本縦断に挑んだ自分の姿を撮影した「スタートライン」が九月三日から、東京・新宿のケイズシネマで上映される。五十七日間の旅のテーマは「コミュニケーション」。支えてくれた家族の死をきっかけに、自分にとって最大の課題と向き合った。

 親しい人だと唇の動きで発言内容を理解して会話できるが、初対面では難しいという今村さん。映画では居酒屋で、伴走者で自転車指導役でもある自転車店員の堀田哲生さん(41)=愛知県長久手市=と客との談笑に入れない場面がある。

 泣きながら「どうやって会話に入ればいいの」と訴える今村さんに、堀田さんは「(会話に入れないのは)聞こえないせいじゃない。コミュニケーションが下手だからだ」と話す。

 旅は二〇一五年七月、沖縄県から始まった。一四年に母加代子さん=当時(63)=と祖父弘秋さん=同(93)=を亡くした。気分転換にクロスバイクで走ると「社会で生きていけるように」と読み書きを教えてくれた母の姿を思い出し、コミュニケーションが苦手な自分を変える旅を思い立った。

 当初は旧知のろう者ばかり訪ねた。自転車がパンクした旅人を見掛けても、会話をためらって通り過ごしたこともあった。

 転機は北海道での出会い。同じ難聴で、しかも日本語を理解できないオーストラリア人の男性ウィルさんが、同じように自転車で日本を縦断しながら、積極的に現地の人たちに話し掛け、コミュニケーションを楽しんでいた。

 その姿に「まず相手と話したいという気持ちがある」と感じた今村さん。「頑張って会話しようとするのではなく、話したい人と話したい時に話すだけでいい」。幼い頃から抱いていた気負いが薄れた。

 「これまでは映画で『ろう者を分かってほしい』と、一方的に求めるばかりだった。旅を通じて私は白紙の状態になった。今がスタートラインです」。笑顔に、もう気負いはない。

引用元 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201608/CK2016083102000219.html

 

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今井さんは凄いですね。

映画に出演され自ら監督もして・・・

かっこ悪いところも全てだそう!

そんな風に思われる今井さんはお人として

お強くて それでいて可愛くていらっしゃる。

健常者の私たちは 障害を持っている人の事を

見下しているとか 同情しているんでしょ!と

障害を持っている人から言われたりします。

私は・・・

何かあった時 お手伝いできればと思っていますが

拒まれたり 嫌なお顔をされたりしたこともありました。

情報交換など出来たらお互いを知ることができるのでは

ないかと感じております。

今井監督の映画を通して皆さんとの情報交換になれたら

素敵ですね。

 ( Rose )

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Rose

Rose

幼い頃から楽しいことが大好き! 活発な性格でやんちゃな事もしていた私 結婚をして子供を2人産んで ぐうたら主婦になりました(笑) こんな私が何故か子供が通っていた幼稚園の保護者会会長になり それから短大の保護者会会長まで長きに渡り教育の現場に関わらせて頂きました武闘派の主婦です。

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